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XP (エクストリーム プログラミング)
スラップスティック アジャイル プロセス導入記
第一章: 新しいアイデアを組織に導入するためのパターン
(Fear Less And Other Patterns for Introducing New Ideas into Organizations)
ここでは、新しいアイデアを組織に導入するためのパターン (The Fear Less And Other Patterns for Introducing New Ideas into Organizations Project) に関する情報をご紹介します。
はじめに
社内でソフトウェア開発の方法を少しでも改善するべく色々と試してきた。
オブジェクト指向関連の様々な方法を取り入れようと考えたり、XP (エクストリーム・プログラミング) の導入を考えたり。
ところがどうもうまく進まない。
オブジェクト指向について皆で学んでみる。XP について勉強会をやる。
「オブジェクト指向、いいじゃないか」
「XP って中々良い事言ってるようじゃないか」
という声が聞かれる。
でもそこまでで止まってしまう。
新しいアイデアは、「考えとしては良いんじゃないか」という賛同が得られても、中々組織としての実践に結びついて行きにくいようなのである。
もっと以前に、別の試みをしたことがある。
うちでは、Microsoft Exchange Server で掲示板や会議室が準備されている。
これは、社内の face-to-face のコミュニケーションを補う形のオンラインのコミュニケーションの場として、また、情報共有と情報集積の場として準備されているものである。
そこに、私が以前ソフトウェア開発に関する情報の交換と蓄積をやろうとして作った FAQ が有る。
各部署・各人の中に蓄積されている筈のノウハウを表に出したい、という意図であった。
各人の頭の中にしかない沢山のノウハウ。
その人が辞めたらそれでおしまい、みたいなそのノウハウを共有したいと考えた。
いずれは「SECIモデル」(*1) でいう、組織の中で暗黙知を形式知にするスパイラル、あれをやりたいと考えていた。
これは、今でも組織にとってすごく重要な部分だと考えている。
しかし、それをその掲示板や会議室でやろうとしたがうまく行かない。
試しに作った FAQ も、多分殆ど誰も活用していない。
私の作った FAQ だけでなく、他の人の作ったものも多分同様だと思う。
最近は、Wiki とか blog をインストールして同じようなことを考えているが、そうしてインフラを替えても多分同じである。
どうも所謂「合意形成プロセス」の部分がネックになっているようなのである。
組織として取り組もう、という合意が形成されない。
組織では色々な人が仕事をしている。
保守的な人も革新的な人もいる。
忙し過ぎる人も沢山いる。
考え方も価値観も様々である。
多分簡単ではない。問題点を沢山抱えていて、しかも刻一刻とそれが変化している。今後新しい考え方を導入していくことはどうしたって必要なことである。だが、それを強く主張するだけで新しい考え方が導入されていくとは限らない。
例えば、
「XP を導入しようじゃないか」
「これからはうちもオブジェクト指向で開発をしよう」
と号令を掛けても、簡単には進んで行かないことがある。
必死に試行錯誤しつつやってみる。でも何かうまく行かない。
成果に結び付かない。
つまり、闇雲に試みるだけでは無理が有って、そこには多分様々な工夫の実践が必要なのであろう。
例えば、単に熱心な推進者が居るだけでは駄目で、もしかしたらキーパーソンの一言が必要なのかも知れない。
NHK に『プロジェクトX 〜挑戦者たち〜』という人気番組が有るが、その『プロジェクトX』風に合意形成プロセスの一例を表してみると、こんな感じであろうか。
(♪ テーマ音楽)
…室井は考えていた。
「この遣り方の儘じゃ駄目だ。きっと失敗する」
室井は焦っていた。
周りの者も室井の気持ちを痛いほど感じていた。
次の会議で室井は熱弁を振るった。
しかし、現状は室井が考えた以上に厳しかった。
反対意見が体勢を占めた。
それでも室井はとにかく必死だった。
「これでやるしかないんだ」
みんなは黙り込んだ。
その場は重い雰囲気に包まれた。
突然口を開いたのは意外な人物だった。
暫く目を閉じて黙り込んでいた鷲塚部長だった。
そのとき空気が変わるのを室井は感じた…
(♪ 音楽 - クレッシェンド)
キーパーソンを巻き込む以外にも色々な工夫が考えられるだろう。
草の根的に広めてみたり、管理者を説得したり、何かイベントをやったり。
そして、大切なことは個々のそうした工夫が単発で終わってしまうのではなく、相互に結びついて、全体として強い効果を発揮していくことであろう。
先日『Developers Summit 2004』というイベントに参加したとき、羽生田 栄一 氏が「合意形成プロセス」に対する回答として、「パターン ランゲージ」と「ファシリテータ」の二つをあげられていた。
確かにその通りだと思った。
それから、同じく『Developers Summit 2004』に来ていたトム・デマルコ氏の言うところの「ゆとり」も一つの回答に当たると思う。
『オブジェクト指向2003シンポジウム』における羽生田 さんたちの『要求獲得と合意形成のためのパターンランゲージ入門』(*2) にも合意形成に「パターン ランゲージ」が有効であるとある。組織の中での合意形成にも有効であると考えられる。
この記事では、ひとまず「パターン ランゲージ」の分野の方で考えて行きたいと思う。
この記事でご紹介する『新しいアイデアを組織に導入するためのパターン』は、「パターン ランゲージ」を導入するための「パターン ランゲージ」に当たる。
「パターン ランゲージ」導入のきっかけとしてとても有用ではないかと思う。
『新しいアイデアを組織に導入するためのパターン』には多くの成功のパターンが集められている。そしてそれらが全体として結びついたときに強い問題解決力を持つようになっているのである。
先ずは、ここから挑戦して行こうと考えている。
【補足】 パターン ランゲージとは
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パターン (pattern) とは:
基は建築家 Christopher Alexander による。問題の典型的な解決法を或る定められたフォーマットで記述したもの。
オブジェクト指向設計 (OOD: Object Oriented Design) のパターンである「デザインパターン」やオブジェクト指向分析 (OOA: Object Oriented Analys) のパターンである「アナリシスパターン」が有名。
参考: 結城浩 - The Essence of Programming - デザインパターンFAQ (*3)
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パターンランゲージ (pattern language) とは:
建築家 Christopher Alexander による。相互に関連したパターンの集合。
個々の問題の解決法であるパターンを組み合わせることにより、より体系的に問題を解決に導けるようにしたもの。
書籍: 『パタン・ランゲージ ― 環境設計の手引』 クリストファー・アレグザンダー 著平田 翰那 訳
○ 解説:
パターンランゲージの発案者であるアレグザンダーは、建築で、都市や学校、家等を作る際に、繰り返し起こる問題とそれらの問題に対する良い解決が存在することに気付いた。そして、それを文書として記述する形式を作ったのである。それが、パターンである。
つまりパターンは、或る問題に対する一つの解を示すフォーマットである。
パターンは、例えば次のようなフォーマットで記述されている。
- コンテキスト (Context: 状況)
- 問題
- フォース (Force: 正当性の判断基準に影響する力)
- 解法
- 結果
- 例
- 関連する他のパターン
- 等々
パターンは、問題に対する的確な解の一つとして有効であるが。また、効率的で且つ濃いコミュニケーションの手段としても有効である。
ソフトウェア開発が失敗する原因の中で最も重要なものとしてあげられることが多いのが、コミュニケーション エラーである。
つまり、顧客と開発者、或るいは開発者同士の意思疎通が不十分な為にうまく行かないことがとても多い。
XP のプラクティスの一つに「メタファ (Metaphor)」とか「共通の用語 (Common vocabulary)」と呼ばれているものがある。メタファ (隠喩) を使うことでチーム内の理解を共通化してスムーズなコミュニケーションを図るものである。
パターンは、この「メタファ (Metaphor)」や「共通の用語 (Common vocabulary)」として機能する。
パターンを使うことで、シンプルで的確な表現を共有することが出来る。
『新しいアイデアを組織に導入するためのパターン』の作者
新しいアイデアを組織に導入するためのパターン (The Fear Less And Other Patterns for Introducing New Ideas into Organizations Project) は、マリリン・マンズ (Mary Lynn Manns) 氏とリンダ・ライジング (Linda Rising) 氏によって書かれた。
両氏の Web サイトで、彼女達の写真を見ることが出来る。
両氏ともパターン コミュニティで活躍されている。
マリリン・マンズ (Mary Lynn Manns) 氏は、教育パターン プロジェクト (The Pedagogical Patterns Project: PPP) の参加者でもある。
関連書籍
このパターンに関する書籍は以下の通り。
尚、この他のリンダ・ライジング (Linda Rising) 氏の著作には、以下のもの等が有る。
このパターンの概要
これは、タイトルにある通り、新しいアイデアを組織に導入するためのパターン群である。
オリジナルは、http://www.cs.unca.edu/~manns/intropatterns.html に在る。
2000年と2001年の OOPSLA (Object-Oriented Programming, Systems, Languages, and Applications) で発表されたものである。
2001年の8月24日には、リンダ・ライジング (Linda Rising) 氏が来日され、「オブジェクト指向2001シンポジウム」においてこのパターンの講演を行われた。
また、2001年11月16日に 「ソフトウェア開発におけるパターンの現状と展望 ― 知識の共有とパターンランゲージ ―」というセミナーでも講演が行われた。
48 のパターンで構成されているパターン ランゲージであり、9 のカテゴリに分類されている。
複数のカテゴリに入っているパターンも在る。
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役割 (Roles)
: 11 パターン
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イベント (Events)
: 7 パターン
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常にアイデアを見える形に (Keeping the Idea Visible)
: 7 パターン
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懐疑論者への対処 (Dealing with Skeptics)
: 3 パターン
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早期の活動 (Early Activities)
: 4 パターン
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援助の手 (Reaching Out)
: 3 パターン
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他人を納得させる (Convincing Others)
: 8 パターン
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アイデアを教えることと習うこと (Teaching and Learning the Idea)
: 2 パターン
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長期の活動 (Long-term Activities)
: 6 パターン
各パターンの概要
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あなたの新しいアイデアを受け入れた人と受け入れていない人をペアにしよう。
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新しいアイデアを組織に導入するのは大変な仕事だ。あなたの作業を助けるための人や力を探そう。
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有名な人を招いて新しいアイデアについてのプレゼンテーションをして、変化のための作業をもっと人目に付くようにしよう。
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新しいアイデアを聴くのにリラックスした環境を整えるために、人々が普通ランチを食べる時間を利用しよう。
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あなたの新しいアイデアに懐疑的な強力なオピニオン・リーダーに、「公認の懐疑論者」の役割を果たしてくれるよう助けを求めよう (Ask for Help)。彼らの考えを変えられないにしても、彼等の批評をあなたの作業を改善するために役立てよう。
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あなたの新しいアイデアについての話が広まるように、組織の中の他の多くとのコネクションを持つ人々に 助けを求めよう (Ask for Help)。
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団結して組織の目標を改革するため、上層部の管理者の援助を受けよう。
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意思決定者やキーとなる有力者に対して、決定した結果を彼等が完全に理解していることを確かめるために、非公式に働きかけよう。
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あなたの新しいアイデアを導入するのにあなたがより実力を発揮できるように、あなたの職務記述表の中にこの仕事の分を記述しよう。
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食事の機会を設けることで、普通の集いを特別のイベントにしよう。
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もっと知りたい人のために、電子掲示板やメーリング リスト、Wiki などをセットアップしよう。
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あなたの組織のオピニオン・リーダーに助けを求めよう (Ask for Help)。
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組織であなたの新しいアイデアに関わることの合意を得るためには、大多数を納得させなければならない。
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あなたの組織に新しいアイデアを導入し始めるために、あなたに出来るあなたの情熱を共有してもらえるようなことは何でもやろう。
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あなたの組織の内部で新しいアイデアについての信用を得るために、あなたの組織の内部の人々がそれと気付くような形で、あなたのアイデアを外部に売り込もう。
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あなたの新しいアイデアに対する抵抗が、あなたにとって有利に働くように転じるようにしよう。
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組織を変える作業に独自性を与えて、人々にその存在をアピールしよう。
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管理者や他の開発者のために評価してもらうために、尊敬される技術者 (Respected Techie)やその他の興味を持っている同僚を集めよう。
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人々があなたの新しいアイデアの有用性を知る助けとして、あなたの新しいアイデアで成功した人がその話を他の皆と共有しようとするのを奨励しよう。
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組織の至る所に紙を貼って新しいアイデアが見えるようにしておこう。
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あなたが変えようとし始めるときは、新しいアイデアが好きな同僚に助けを求めよう (Ask for Help)。
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新しいアイデアが組織を横断する形で成功するためには、誰もに、革新を支援したり独自の貢献をしたりする機会があるべきである。
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あなたの新しいアイデアについての話を広げる準備として、あなた自身のためにそれの長所と短所が何かを発見しよう。
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学習者が、新しいアイデアの中のより難しい概念に進むのを容易にするために、簡潔な入門書を与えよう。そして、やがて彼等に準備ができたときにより多くの有用な情報を与えよう。
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人々に感謝の意を伝えるために、あなたを助けてくれる全ての人に、あなたの最高に誠実なやり方で「ありがとう」と言おう。
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最も近い管理者に助けを求めよう (Ask for Help)。あなたの上司があなたの新しいアイデアの導入の仕事を援助してくれるなら、あなたはもっとてきぱきと仕事を果たすことができる。
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イベントの流れの中断を避けるため、重要なイベントを現場から離しておくようにしてみよう。
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プロジェクトを新しいアイデアで始めたいときは、誰か理解者を傍に持とう。
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あなたの新しいアイデアに関するプレゼンテーションが最後に近づいたら、参加者が次に何ができるのかを見極めるための時間を取ろう。
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あなたの新しいアイデアの価値を人々に納得させるために、彼らにそれが個人にとっていかに便利で価値があるかを見せよう。
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あなたの新しいアイデアが無用なものでないことを知る参加者や援助者を増やすために、組織の中で定期的に予定されたイベントの中であなたの新しいアイデアに関するプレゼンテーションを持つようにしよう。
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興味を引き起こすために、ことあるごとに資料 (“種子”) を持ち運び、周りにそれを見せる (“蒔く”) ようにしよう。
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組織のメンバーから尊敬されているベテランの人々の援助を得よう。
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イベントを予定したり人に助けを頼むときは、タイミングを考えよう。
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組織の管理者と組織のメンバーが特別な大きなイベント (Big Jolt) の訪問者と過ごせるように準備しよう。
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進み具合が思わしくない場合に続ける勇気を失うのを避けるため、同じように苦労し努力している人と話す機会を見つけよう。
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熱心に組織を変える努力をしているとき, 挑戦や全てのあなたのすべきことによって実行する勇気を失うようになることを避けるために、一つ一つの小さな成功を祝おう。
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あなたの努力が見える形で肯定的な結果に終われば、人々はあなたに話しかけるために「突然ぞろぞろと現れる」だろう。この機会を「教える時」と考えるようにしよう。
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一度キーパーソン達に協力を要請したなら、彼等のことを忘れないようにしよう。そして彼らがあなたのことを忘れないかも確かめよう。
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一度にはあなたの目標への小さな一歩を進むことにし、組織を変えるという巨大な仕事からくるフラストレーションを取り除こう。
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特別なトピックについて探究することや学び続けることに興味を持つ同僚からなる小グループを作ろう。
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組織の中のあなたの新しいアイデアへの興味を持続させる進行中の仕事に、率先して取り掛かろう。
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その新しいアイデアから利益を得ることができることを組織に納得してもらうために、あなたの主張を組織が必要としているものに合わせよう。
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何か新たな機会があり、このパターンランゲージの中の幾つかのパターンを使うことや、その結果を評価することに興味が有るのなら「テスト」しよう。
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過去から学ぶため、何がうまく行っていて何のやり方を変えるべきかを評価するために、一定期間ごとに時間をとろう。
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特別な努力を評価するために、貢献した人に何か彼等がありがたがるものをあげよう。
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イベントが人々の記憶に残るように、その導入されたトピックと結びついた象徴を配ろう。
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グループの中では管理者を納得させることが難しいことがある。そこで、彼等の関心を向けたり、あなたの新しいアイデアを彼等のものとして発表する機会を提案するための短い一対一のミーティングを設定しよう。
新しい考えを導入することを難しくしている力 (Force)
- 新しい遣り方を恐れる人が殆ど
- ついて行けないくらい沢山の新しいアイデアがある
- 新しいアイデアを信じていいものかどうか判らない
- みんな忙し過ぎる
- 新しいアイデアを導入するにも様々な視点がある
- リソースがない組織もある
- 新しいアイデアを納得させるのには時間もエネルギーも必要
※ 「オブジェクト指向2001シンポジウム」のリンダ・ライジング (Linda Rising) 氏の基調講演 "Introducing Patterns (or any new technology) into the Workplace" より
実践に向けて
これから是非、このパターンを実践して行こうと考えている。
上で書いた、うちで新しいアイデアの実践に関して「合意形成プロセス」の部分で失敗してしまう、という問題点をこのパターン ランゲージで解決して行こうと思う。
先ずは、この『新しいアイデアを組織に導入するためのパターン』を社内に紹介して行きたい。
このパターン ランゲージによって組織に新しいアイデアを導入する、というのはうちにとってまったく「新しいアイデア」である。
そこで当然、『新しいアイデアを組織に導入するためのパターン』の導入に関して『新しいアイデアを組織に導入するためのパターン』を実践して行きたい。
並行して、XP のような「アジャイルな開発プロセス」の導入を行っていく。
XP 自体も「パターン ランゲージ」の側面を強く持っている開発プロセスである。
有効なプロセスであるが、導入の難しさを持っている。
先ずは、個々のパターンの実践ということになる。
各パターンがどのように関連し合いパターン ランゲージとして機能するのか、それをこれから見て行きたい。
関連サイト
参考文献
Copyright © 1999-2001 Mary Lynn Manns, Linda Rising
Copyright © 1997-2008 Sho's Software
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