XP (エクストリーム プログラミング)


スラップスティック アジャイル プロセス導入記

序章(プロローグ): XP 導入の悩み

XP 導入の悩み


■ XP の導入

相も変わらず社内でXP (エクストリーム・プログラミング) (*1) の普及を試みているのだが、導入に苦労している。
色々と試す中で「石のスープ式 XP 導入法」のようなこともやってみている。


XP の導入に苦労している、という話はときどき聞く。


他の会社で XP を導入しようとしている人は、どんな工夫をしているんだろう。
やっぱり「なしくずし的」に少しずつなんだろうか。


今うちでネックになっているのは多分、所謂(いわゆる)「合意形成プロセス」の部分。
多分そう。
間違いない。


XP 導入について合意形成まで行かない。
つまり、組織の中には様々な意見や視点を持った人、保守的な人や革新的な人がいる。
そのため、うまく XP の導入に関する一致した意思を作り上げられず、改善を伴う取り組みにまで到らない。


「XP? いいんじゃない」
で終わってしまう。


恋愛でいえば「いい人」止まり。
「彼? いい人ね」
そこから先に進まない。


そんな感じ。


「どうよ。最近。XP やってる?」
「まあ、ぼちぼち」
「いいよね。XP。また勉強会やろうよ」
「うちもそろそろアジャイルにやらないとね」
「じゃあアジャイル プロセスの研究会でもやりますか」
「いいですね。是非やりましょう」
「それじゃまた今度」
「また」

次会ったときも同じような会話。
良い方向に進展していかない。


全然アジャイルじゃない。


今度っていつだよ。
何月何日なんだよ。


■ 焦り

思えば、XP と初めて出会ったのは、2000 年の終わり頃の『JavaWorld』という雑誌の「XP の魅力を探る」という平鍋 健児 氏の記事。

XP という言葉だけはそれまでにも一度聞いたことがあった。
でもその時点では XP について知りたいとは思わなかった。
この記事だって人に勧められて読んだんだ。
仕事で Java やらないし。


それから三年余り。
XP の本や Web 上の記事などを沢山読んだ。
XP 関連のイベントにも色々参加した。
XP について徐々に深く知るにつれ、良さがわかってきた。
正直、惚れてしまったかも。


でももう三年だ。
三年も経ってしまった。
そろそろ焦ってきている。


このもどかしさをどう表現したらいいだろう。

知り合ってもう何年も経つのにまだ手しか握れない、みたいな感じだ。


古い言い方かも知れないが、XP の導入度を A、B、C の三段階で表すとすると、

「彼はこないだ XP と B まで行った」
「あの会社は、もう XP と C まで行っちゃったそうだ」

と聞いて、なんだか焦ってしまっている感じ。

そんな感じかも知れない。


三年。


もしこれが恋人同士なら。
知り合って三年というと、そろそろあれじゃないか。
もうお互い知るべきところは知り尽くして、将来についての駆け引きをやってる頃じゃないか。
「C まで行っちゃった」どころか、親にも紹介されている頃じゃないか。
いや。ことと次第によっちゃ子供のひとりも産まれているかも知れない。


それがこっちは、三年も付き合っておいて「いい人」止まり。
それで手しか握ってないとか言って。


そんなことが世間で通ると思っているのか。
どうなんだ、そこのところ。
まったく。
ドン! (机をたたく音)


……。


いかん。
少し興奮してしまったみたいだ。


別に「何が何でも XP でなきゃ」と思っている訳ではない。


そこまで「うぶ」ではないつもりだ。
開発プロセスも TPO に合わせる時代。
頭では判ってるつもり。

確かに経験が多いのはウォーターフォールだ。
でも他のやり方だって知ってる。
Unified Process の本だって二冊読んだんだし。


だが XP ってやつはやばい。
自分でもかなりまずいと思い始めている。

今度ばかりは本気で惚れちまったかも知れない。


■ XP の導入に関する「合意形成プロセス」

以前何かのカンファレンスで羽生田 栄一 氏が、「合意形成プロセス」に対する回答として、「パターン ランゲージ」(*2) と「ファシリテータ」の二つをあげていた。


オブジェクト指向2003シンポジウムにおける羽生田さんたちの「要求獲得と合意形成のためのパターンランゲージ入門」(*3) にも合意形成に「パターン ランゲージ」が有効だとある。
途中一部 XP にも言及があった。


話を聴いたり読んだりして、なるほどそうだと思った。
「パターン ランゲージ」と「ファシリテータ」がきっと合意形成の鍵なんだ。


「パターン ランゲージ」。
良いかも。
なんか楽しそうだ。


でもどこから手を付けていいものやら。


取り()えず、「新しいアイデアを組織に導入するためのパターン」(*4) を XP の導入に適用出来ないか、と考えている。
これはつまり、「パターン ランゲージ」を取り入れるための「パターン ランゲージ」だ。
みんな忙しくしていて、なんでこんなに忙しいのか考える暇もないうちの会社に、なんとなくぴったりな気がする。


だが、これの勉強会を社内でやろうとするだけでも中々骨が折れそうだ。
資料英語だし。
これに関するなんか良い資料ないんだろうか。


…いかん。腰が引けてしまっている。
考え方が前向きでない。
やるべきことをやらないと。


焦る。


……。


それともうちのネックは実は「ファシリテータ」の方なんだろうか。


「ファシリテータ」。
こっちも何だか手が付けにくい響きだ。


日本語でいうと「進行役」「促進者」か。
組織を良い方向に向けたり、他の人の活動を助けたり、組織の活性化を行う役割の人ね。

うむ。


「パシリテータ」ぐらいなら出来そうかな。
「おいパシリテータ。これから XP やるからお菓子とジュース、コンビニで買ってこいよ。お釣りはやるから」とか言われて、「はい」とか言っちゃうの。
「パシリ」に徹して XP の導入に貢献するという。


駄目か。こりゃ。


そういえば「アジャイルプロセス協議会」(*5) というのがあったな。
企業へのアジャイル プロセスの普及を目指すとか言ってなかったっけ。

「アジャイルプロセス協議会」への入会というのは組織に XP を導入するのに有効なんだろうか。
関わり方次第なんだろうけど。
(わり)と東京遠いし。


どうしようか。


そうだ。
それより本読まないと。本。

「パターン ランゲージ」とか「ファシリテータ」とかの。
先ずは関係有りそうな本を読んで勉強しなきゃ。
やっぱりソフトウェア エンジニアは本読まなきゃな。


……。


うーむ。
そういえば目の前には以前にそう思って買い込んだ本が山積みじゃないか。
XP なんとかとか、アジャイルなんとかとか、パターンなんたらとか、コーチングがどうとか。
中途半端に手を付けた本がいっぱい。

「プログラムデザインのためのパターン言語―Pattern Languages of Program Design選集」だとか。


特に(ろく)に読もうともしていない、雑誌の記事だとか英語の論文だとかのコピーの山。
コピーしただけで力尽きている。
いつものことだが。


……。


あーあ。


……。


何やってんだ、俺。
何がやりたいんだか。


……。


なんだか段々、酒でも飲んで暴れたい気分になってきた。


大体面倒くさいことが多すぎるんだ。
取り敢えず今週末は飲みにいくぞ。
取っておきの日本酒も今週中に手を付けちゃおうか。少し前に貰ったあれ。「久保田」の紅寿。
それともぱあーっと温泉でも行くか。温泉。この際。
いいぞぉ温泉。湯上りに寒ブリで熱燗でもやるか。
うまいだろな。ちくしょう。


もうなんかやけくそだ。


…………。


………………。


色々考えてたら、どんどん気分が落ち込んできちゃった。
前向きに考えられなくなってきた。


これから俺どうなっていくんだろ。
もういい年齢(とし)だしな。
老後の年金が心配になってきた。

なんか死んだじいちゃんの顔とか想い出しちゃったな。
あの頃の俺ってもっとこう、夢を持って生きてたよな。
高校のときの同級生で、もう俺の何倍も年収のある奴とかいっぱいいるんだろうな。
初恋のあの娘、今何してるんだろ。


…………。

■ XP の導入へ向けての決意


でも落ち込んでなんかいられない。
XP 導入に向けて進まなきゃ。


最後に頑張って決意表明だ。


今年中だ。
今年中に状況が少し変化する。
そうしよう。
成果出すぞ。成果。


先ず問題はなんなのか。
そこから行くか。

よし、そうするか。


以上。


うーん。なんかしょぼい決意表明だ。
こんなんでいいのか。俺。



参考: